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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)3208号 判決 1998年2月09日

原告

奥村太

右訴訟代理人弁護士

國本敏子

宮﨑明佳

被告

株式会社三庵堂

右代表者代表取締役

前谷敏也

右訴訟代理人弁護士

安元義博

主文

一  被告は、原告に対し、六二万五九一〇円及び内金五七万五九一〇円に対する平成九年四月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一二二万五九一〇円及び内金九二万五九一〇円に対する平成九年四月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告は、肩書地に本社事務所、製造工場、営業所を有する豆腐、油揚げ、惣菜等の製造販売を業とする株式会社である。

(二) 原告は、平成八年一月二六日、被告の正社員として雇用され、内勤の仕分作業等に従事している。

2  未払賃金等の存在

(一)(1) 原告は、平成八年一月二六日の入社から六か月以上継続勤務し、右の全労働のうち、少なくとも八割以上の割合で出勤した。

(2) 原告は、被告に対し、平成九年一月九日ころ、年次有給休暇取得に関し、右同日(平成九年一月九日)を時季指定する旨の意思表示をした。

しかるに、被告は、右有給休暇取得分に係る賃金一万一一一〇円を同月の給与からカットし、これを支払わない。

(二) 被告は、従前より正社員に対し年二回(夏季及び年末)の賞与を支給していたが、被告は、原告に対し、平成八年度年末賞与三〇万円(給与一か月分相当)を支払わない。

3  被告の不法行為

(一) 被告は、原告に対し、以下のとおり、ゆえなく有形無形のいやがらせを繰り返した。被告の右行為は、民法七〇九条の不法行為を構成する。

(1) 被告は、雇用保険法七条に違反して、原告が被保険者である旨の届出をすることを拒否し、原告が将来雇用保険給付を受ける権利を侵害した。

(2) 被告は、厚生年金保険法二七条に違反して、原告が被保険者である旨の届出をすることを拒否し、原告が将来保険給付を受ける権利を侵害した。

(3) 被告は、健康保険法八条に違反して、原告が被保険者である旨の届出をすることを拒否した。これにより、原告は、健康保険任意継続制度への加入手続を余儀なくされ、本来事業主負担分である保険料まで自己負担せざるを得なくなった。

(4) 請求原因2(一)(1)及び(2)と同じ。

(5)ア 請求原因2(一)(1)と同じ。

イ 原告は、被告に対し、平成九年三月四日ころ、年次有給休暇取得に関し、右同日(平成九年三月四日)を時季指定する旨の意思表示をした。

しかるに、被告は、右有給休暇取得分に係る賃金一万六二〇〇円を同月の給与からカットし、これを支払わない。

(6) 請求原因2(二)と同じ。

(二) 被告の右不法行為により、原告は多大の精神的苦痛を受けた。右苦痛に対する慰謝料は、五〇万円を下らない。また、右損害賠償請求に係る弁護士費用としては、三〇万円が相当である。

4  保険料の立替払い

(一) 請求原因3(一)(3)と同じ。

(二) 原告が(一)により負担した事業主負担分の保険料相当額は、平成八年六月分から平成九年三月分までで合計一一万四八〇〇円(一か月の保険料二万二九六〇円の半額である一万一四八〇円×一〇か月分)であった。

5  催告

原告は、被告に対し、平成九年四月一一日、本件訴状により、前記2ないし4の金員の支払を催告した。

6  よって、原告は、被告に対し、未払賃金として一万一一一〇円、未払賞与として三〇万円、不法行為による損害賠償として八〇万円、保険料の立替金として一一万四八〇〇円の合計一二二万五九一〇円及び内金九二万五九一〇円に対する、不法行為の日の後であり、かつ、催告の日の翌日である平成九年四月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は、いずれも認める。

2(一)(1) 請求原因2(一)(1)は、否認ないし争う。

(2) 同2(一)(2)のうち、被告が原告の平成九年一月分の給与から一万一一一〇円を支払わなかったことは認めるが、その余は否認する。

なお、本件において、原告は工場長に対し年次有給休暇取得の届出をしたものであるが、被告においては、平成八年一〇月以降、右届出を工場長ではなく被告代表者あてに提出しなければならない。しかるに、原告が右手続を経ていなかったため、被告はこれを無断欠勤として取り扱い、原告の賃金をカットしたものである。

(二) 同2(二)のうち、被告が原告に対し、平成八年度年末賞与を支払わなかったことは認めるが、その余は否認する。

被告は、そもそもすべての従業員に対し平成八年度年末賞与を支払っておらず、ひとり原告のみに対し不公平な取扱いをしたわけではない。

また、原告は、従業員としての自覚のない言動を繰り返し、被告代表者及び他の従業員との間で摩擦を引き起こして職場環境を悪化させたばかりでなく、仕分けの作業能率においても他の従業員に比して明らかに劣っていたため、平成八年度年末賞与を支給しなかったものである。

3(一)(1) 請求原因3(一)本文は、否認ないし争う。

(2) 同3(一)(1)ないし(3)は、否認する。

(3) 同3(一)(4)のうち、被告が原告の平成九年一月の給与から一万一一一〇円を支払わなかったことは認めるが、その余は否認する。なお、前記のとおり、被告においては、平成八年一〇月以降、年次有給休暇取得の届出を工場長ではなく被告代表者あてに提出しなければならないことになったが、原告が右手続を経ていなかったため、被告はこれを無断欠勤として取り扱い、原告の賃金をカットしたものである。

(4) 同3(一)(5)のうち、被告が原告の平成九年三月分の給与から一万六二〇〇円を支払わなかったことは認めるが、その余は否認する。

(5) 同3(一)(6)のうち、被告が原告に対し、平成八年度年末賞与を支払わなかったことは認めるが、その余は否認する。なお、被告はすべての従業員に対し平成八年度年末賞与を支払っておらず、原告のみを不利益に取り扱ったわけではない。また、原告が2(二)のごとき態度を繰り返したために賞与を不支給としたことは、前記のとおりである。

(二) 同3(二)は、否認ないし争う。

4  請求原因4は、いずれも否認する。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(当事者)は、いずれも当事者間に争いがない。

二  請求原因2(未払賃金等の存在)について

1  当事者間に争いのない事実及び証拠(原告本人)並びに弁論の全趣旨によれば、原告が平成八年一月二六日、被告に入社したこと、原告が右入社から六か月以上継続勤務し、その間ほとんど欠勤なく勤務していたことが認められ、その他、原告について法定の年休権発生を妨げる事情は認められないから、結局、請求原因2(一)(1)が認められる。

2  証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、原告が平成九年一月八日、被告工場長に対し、口頭で同月九日を有給休暇の時季として指定する旨の意思表示をしたことが認められる(なお、原告は、同月一〇日、右と同趣旨の内容を記載した書面を被告に提出した。)から、被告において適法に時季変更権を行使しない限り、右指定日は有給休暇として取り扱われるべきものであるところ、本件全証拠によるも被告において適法に時季変更権を行使したとの主張立証はなく、また、被告が原告の同月分の給与から一万一一一〇円を支払わなかったことについては当事者間に争いがないので、結局、請求原因2(一)(2)が認められる。

もっとも、この点につき、被告は、平成八年一〇月以降、被告においては年次有給休暇取得の届出を被告工場長ではなく被告代表者あてに提出しなければならないところ、原告が右手続を経ていなかったため、これを無断欠勤とみて賃金カットした旨主張し、被告代表者の尋問の結果中にはこれに沿う部分がある。

しかしながら、証拠(<人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、平成八年一〇月以前において被告従業員が有給休暇取得の届出をする場合には、口頭で工場長に対し有給休暇を取得する旨の申出をすれば足りるとの取扱いがされていたことが認められ、この点、右取扱いが原告つ(ママ)き変更されたと認めるに足りる証拠は存しない(この点、被告代表者の尋問の結果は、裏付けを欠き、措信し難い。)から、結局、被告の右主張はその前提を欠き、失当である。

3  次に、請求原因2(二)について判断するに、当事者間に争いのない事実及び証拠(<証拠・人証略>)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一)  被告は、従前から正社員に対し毎年夏季賞与及び年末賞与を支給してきたが、原告は勤務態度が悪いなどとして、平成八年度夏季賞与のほか、同年度年末賞与も支給されなかった。しかし、他方、原告以外の他の正社員は、右各賞与の支給を受けていた。

(二)  被告が従前から正社員に対し支給してきた賞与の額は、一か月分程度を上限とし、具体的な支給額は、主に被告代表者の査定によって決定されたため、社員により相当のばらつきがあった。

(三)  被告の正社員のうち、原告と同様に工場内で作業に従事する者は、平成八年度年末において他に二人(H及びM)存在した。Hの平成八年度年末賞与は三二万円であり、Mのそれは一五万円であったが、これは同年度夏季賞与についても概ね同様の数字であった。なお、被告代表者の査定によれば、Hについては豆腐の製造等広範な業務遂行ができるということで高い評価がされた反面、Mについてはそれほど広範な業務をまかせることができず、その結果低い評価になったとされている(この点、原告は、Mについては、原告と同様に被告により不当に低い評価がされたものである旨供述するが、これを裏付ける十分な証拠はなく、右供述はいまだ採用するに足りない。)。

以上の認定事実によれば、被告において、賞与は、従前から概ね一か月分程度を上限として、被告代表者の査定により支給されていたこと、そのため、被告代表者による査定の結果、原告と同様に工場内で作業に従事していた他の正社員二人の賞与額は、各人の業務遂行の程度等を勘案して三二万円と一五万円と決定されたことが認められる。

右事実によれば、本件において、原告が被告に対し、平成八年度年末賞与として当然に一か月分の賃金(三〇万円)相当の金員を請求しうべき権利があるとまではいえないが、他方、原告が被告に対し、平成八年度年末賞与を請求する権利がないとまでは直ちにいえないというべきであるところ、前記認定事実及び証拠(<証拠・人証略>)並びに弁論の全趣旨によれば、原告と同様に仕分けや配送作業に従事する前記Mについては被告代表者の査定上さほど高い評価がされていないにもかかわらず一五万円が支給されていること、他方、証拠(<人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、原告の仕事ぶりは作業能率や仕分作業中の過誤等の点で問題がなかったわけではなく、その限度で被告代表者の査定権限を尊重すべきことなどを総合考慮すれば、右Mとほぼ同等の作業に従事する原告に対しては、右Mと同等の一五万円が支給されてしかるべきものといえる。

よって、原告の主張(請求原因2(二))は、右限度において理由がある。

三  請求原因3(被告の不法行為)について

前記認定事実、当事者間に争いのない事実及び証拠(<証拠・人証略>)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、平成八年五月一三日、被告から解雇されたため、同年六月一一日、大阪地方裁判所に地位保全の仮処分の申立てをした。大阪地方裁判所は、同月二四日、右解雇には正当な理由がないとして原告の従業員たる地位を保全する旨の決定をし、異議審も同年九月五日、これを認可する旨の決定をした。被告は、右経過を考慮の上、右解雇に理由がないことを認めてこれを撤回した。その結果、原告は、同年一〇月二八日をもって被告に職場復帰し、仕分作業に従事することとなった。

2  被告は、1記載のとおり解雇を撤回した経緯があるにもかかわらず、何ら正当理由のないまま、原告の要請を無視して、雇用保険法七条、厚生年金保険法二七条、健康保険法八条にそれぞれ違反して、所定の機関に対し原告が被保険者である旨の届出をすることを拒否した。とりわけ、健康保険につき被告が右届出を拒否したため、原告は、健康保険任意継続制度への加入手続を余儀なくされ、本来事業主負担分である保険料(一か月の保険料二万二九六〇円の半額である一万一四八〇円×一〇か月分=一一万四八〇〇円)まで自己負担せざるを得なくなった。なお、被告は、本件訴訟係属の後である平成九年五月六日になって初めて前記各届出手続を了した。

3  被告は、従前から正社員に対し、毎年夏季賞与及び年末賞与を支払ってきた。現に、平成八年度夏季及び年末賞与についても、原告と同じ工場内で作業に従事していた被告の正社員二人は、支給額こそ異なるものの、賞与の支給を受けたが、ひとり原告のみが勤務態度が悪いなどとして、右各賞与を支給されなかった。

4(一)  原告が被告工場長に対し、平成九年一月八日、口頭で同月九日を年次有給休暇の時季として指定する旨の意思表示をした(なお、原告は、同月一〇日、右と同趣旨の内容を記載した書面を被告に提出した。)のに対し、被告は、適法に時季変更権を行使しなかったにもかかわらず、原告の同月分の給与から一万一一一〇円をカットした。

また、原告が被告工場長に対し、平成九年二月二五日、口頭で同年三月四日を年次有給休暇の時季として指定する旨の意思表示をした(なお、原告は、同年二月二六日ころ、右と同趣旨の内容を記載した書面を被告に提出した。)のに対し、被告は、適法に時季変更権を行使しなかったにもかかわらず、原告の同月分の給与から一万六二〇〇円をカットした。

(二)  なお、平成八年一〇月以前において被告従業員が有給休暇を取得するについては、口頭で工場長に対し有給休暇を取得する旨の申出さえすれば特段の手続を要することなく有給休暇を取得することができるものとされていた。しかしながら、被告は、原告の日頃の勤務態度等に対する不満を理由に、ひとり原告においては有給休暇を取得するにつき、直接被告代表者に対し届出をしなければならないのにこれをしなかったとして、前記(一)の各賃金カットの措置に出たものである。

以上の認定事実によれば、被告は、解雇撤回後も、原告の勤務態度等に対する不満から積極的に原告を敵視し、その一環として、正当な理由なく、原告に対する各種保険の届出をせず、また、ひとり原告に対してのみ厳格に対処して原告の有給休暇取得に係る賃金分をカットし、さらには、合理的な理由なく平成八年度年末賞与の支給をしなかったなどの嫌がらせ行為を繰り返したということができる。

被告の右行為は、その行為の内容、態様等にかんがみるとき、違法なものであるというべきところ、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告の右違法行為により相当の精神的苦痛を受けたことが認められる(なお、原告は、本訴において別途請求に係る部分が一部認容されることにより、財産的な損害を回復することになるが、それだけでは原告の受けた精神的苦痛を償うことはできない。)ので、被告がした右一連の行為は、いずれも原告に対する不法行為に該当するというべきであり、被告は右不法行為によって原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

そして、右行為の態様、損害の内容及び程度、本訴において別途請求に係る部分(賃金カット分、賞与分、立替払分)が全部全部(ママ)ないし一部認容されることにより原告に財産的な損害の回復がはかられること等諸般の事情を総合考慮すれば、原告が受けた右精神的苦痛に対する慰謝料としては、三〇万円が相当であり、また、右不法行為に対する弁護士費用としては、五万円が相当であると認める。

四  次に、請求原因4(保険料の立替払い)について判断するに、原告は、前記三2記載のとおり、被告が健康保険関係の届出を拒否したことにより、やむなく、平成八年六月分から平成九年三月分までの、本来事業主負担分である保険料(一か月の保険料二万二九六〇円の半額である一万一四八〇円×一〇か月分=一一万四八〇〇円)の支払を余儀なくされたから、原告は、被告に対し、民法七〇二条の事務管理による費用償還請求権に基づき、右金員の返還を求めることができる。

五  請求原因5(催告)は、当裁判所に顕著である。

六  以上によれば、原告の請求は、主文掲記の限度で理由があるが、その余は失当である。

よって、原告の請求を右の限度で認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法六一条、六四条本文を、仮執行宣言につき同法二五九条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中路義彦 裁判官 谷口安史 裁判官 仙波啓孝)

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